お屠蘇はあまり美味しいとは思わなかった
だいぶ良い歳にになったので、バケツリストなるものを作成し始めました。そしてその中で「お屠蘇をいただく」という項目があったのでこの正月に試してみました。
実はしばらく前から興味があって材料の一つの屠蘇散を探していました。気になり始めて三年目に近くのスーパーマーケットに売っているのを見つけたのでこの正月に挑戦しました。
父がお酒に弱かったのか飲酒の習慣がなく、お酒のない家に育ちました。そのため正月になってもお屠蘇が出ることはありません。(ちなにみ料理酒も味醂もない家でした。)大学に入り、幸か不幸かお酒に耐性があることがわかりました。独立した後もお酒を飲む習慣は獲得していませんが、興味はありました。
結論はタイトルにある通り三年越しの恋は決して甘いものではありませんでした。まあ、縁起物なので味を楽しむよりも口にすることに意味があるのだと思います。
和風薬膳チャイ(予告編)
普段はお酒を飲まないのですが、「お屠蘇」なるものがずっと気になっていました。(別にお酒が飲めないわけでもないので今度の正月には挑戦します)年末になるとよく行くスーパーマーケットや薬屋さんで屠蘇散が売っていないか気にしていました。
気にし始めてから三年目、先日スーパーマーケットで見つけて無事購入することができました。税抜だと200円でお釣りが来るくらいのお値段です。早速購入後、家で手に持ってしげしげと眺めていました。すると何やら独特の香りします。そう、私の好物のチャイの香りです。「これって、なんとかすればチャイ的な何かが作れるのではないか」と考えました。わからないことがあったら Gemini君に相談です。
Gemini君の回答を少し引用します。
"その発想は素晴らしいです!かなり本格的な「和風薬膳チャイ」になります。"(でたな褒め上手、お前有能な詐欺師になれると思うぞ)
"実は、屠蘇散(とそさん)の中身とチャイのスパイス(マサラ)は、共通点が非常に多いのです。試してみる価値は大いにあります。"(チャイには、マサラが入っているのか)
更にGemini君が言うには、“屠蘇散には“山椒(サンショウ)、白朮(ビャクジュツ)、桔梗(キキョウ)、防風(ボウフウ)などの生薬が含まれています“。そのほかにも屠蘇散には山椒も入っているので刺激が強い味になるようです。Gemini君は屠蘇散でチャイ的な飲み物を作った時の注意点の上げた後に、美味しい屠蘇散チャイのレシピがも教えてくれました。
生成AIはお調子者で常に話を合わせてきます。平気で嘘をつく(ハルシネーション)のでレシピに従ってもとんでもないものができるかもしれません。なので今回は「和風薬膳チャイ」は作りません。
もし「和風薬膳チャイ」を作ることがあれば、改めてここで報告したいと思います。
人生で始めてポトフを作った Part 1
料理など袋麺を茹でるかキャンプに行ってカレーを作るぐらいしか経験がないのですが、最近必要に迫られて台所に立つことがあります。普段は味噌汁ばかり作っていますが、今日は以前から食べたかったポトフに挑戦しました。
近所のスーパーでマギーブイヨンを購入。説明を読むと水300mlに一個が標準とのこと。そのため、いつも味噌汁を作る時に使っている雪平鍋に水を300g入れました。(そう、私は軽量カップを使わずに全て重さで量を測っています。)その後に小さいジャガイモ二つを四つに切って鍋に突っ込み火にかけました。火力は常に弱火です。その後、冷蔵庫の野菜室から発掘したブロッコリーの茎を一センチ幅に切ったもの、玉ねぎより小さくなったキャベツの芯の半分をさらに半分に切ったもの、やはり野菜室から発掘した人参のかけらを適当に切ったものを入れました。さらに出汁としてウインナーを2ないし3本入れてて後は煮るだけです。なおこれだけ野菜を入れると水300gでは少ないので水を足しました。
20分くらい煮たらキャベツの芯に箸が通ったので火から下ろしました。
さて、私の料理についてです。私はなにしろ不器用で、その上かがむと腰にくるので包丁はできるだけ使わないようにしています。そのためジャガイモと人参はよく洗って皮はむきません。今回のポトフで包丁を使ったのは根菜を切り分ける時とキャベツの芯をとる時だけです。ちなみに味噌汁を作る時も葉っぱ類は手でちぎっています。豆腐はかがむのが腰にくるので手のひらの上で切っています。
肝心のポトフのお味ですが、ぼやけていたので胡椒を振って食べました。それとキャベツの芯が柔らかかったもののまだ苦味があったのでもうちょっと煮るべきだったのかもしれません。
ほぼ週刊んと言いつつ五年以上更新していませんでした
なんか使い方も忘れています。
現在は自宅と実家とで2拠点生活をしています。そして週末は実家にいる割合が多いです。今も実家でブログを書いています。
地元の図書館でStandard MLの本を借りて読んでいます。関数指向言語で割と仕様小さい点が気に入っています。しかし、あまり日本語の書籍は発売されていませんね。図書館にも 大堀 淳 著『プログラミング言語 Standard ML入門改訂版』共立出版 しかありません。
ソースコードを読むと動かしたくなる性分で、自分のPCにインストールして動かそうと考えました。しかし、最初に書いた通り2拠点生活でパソコンは自宅に置いたままです。(ちなみに自作のデスクトップです)
iPadは手元にあるので AWSのEC2にStandard MLをインストールして iPadのSSHソフトから動かすことにしました。Standard MLに素晴らしいグラフィック機能とか魅惑的な音声再生機能とかないのでSSHで十分です。
さて手元の書籍の著者はが参加している SML#プロジェクトなるものがあり、そこではStandard MLのコンパイラを実装しています。(sharp ついていますが F#とかC#とか無関係です) EC2に入れた Ubuntu にインストールして動かしたのですが、なぜかコアダンプをはきます。私の拙い技術力ではこの問題を解決できるのか甚だ不安です。
今自分が持っている物で一番良いものを使おう
どうせいつ死ぬのかわからないのだから、今自分が持っている物で一番良いものを使おう。それを使い切ってしまったら、或いは使えなくなったら次に良いものを使うか、新しいものを購入しよう。もし、新しいものを購入する事を選んだのであれば、次に良いもの、その次に良いもの、それ以下のものを皆捨てよう。
パイロット万年筆のカクノを買いました
今日はパイロット万年筆のカクノを買いました。細字でついてきたインクカートリッジは黒です。現在手元にある万年筆はこれで3本になります。
それでは、他の二本も紹介します。最初は人からもらったラミーのサファリで緑色です。次は自分で購入したパイロットのペン習字ペンです。青いペンですが、リンクを貼るためにWEBページを探しましたが映像はないですね。すべてカートリッジで使っています。
3本の万年筆には共通点は2つあります。最初の共通点は、ペンを握るところの形状です。親指と人差し指の当たるところが、たいらになっていて書きやすくなっています。 ボールペンなど他の筆記用具は丸いのですが、指が当たるところが痛くなって来ます。握る力が強いのでしょうか。
もう一つの共通点は、全て鉄ペンです。まあ、全て5000円以下のリーズナブルな価格なので仕方ないでしょう。特に不満は感じていませんが、万年筆好きの知人は"やっぱり金ペンがいいよ"と言っています。
3本とも違うのは線の太さです。万年筆好きの知人からもらったラミーはM(中字)でした。ペン先がMのラミーでは細かいところに字を書くのに不便なので、EF(極細)のペン習字ペンを購入しました。 細かいところに字が書けるようにはなったのですが、字を書いているときに紙を削るような音がして、ちょっと気になりはじめました。 そして、今日買ったカクノはF(細字)です。実際に字を書いてみると、EFと線の太さは同じ位で、紙を削るような音もしないので気に入っています。
次にインクの色について紹介します。ラミーには最初黒のカートリッジをさしていました。飽きてきたののでブルーブラックを使うようになりました。これも飽きてきたので今は青のインクを使っています。 青のインクを使っていた頃にペン習字ペンを購入し、最初から青いインクのカートリッジをさして使っています。 今日買ったカクノは付属の黒インクで使っています。ペン習字ペン付属のカートリッジも余っているのでしばらくは黒です。 青が2本あってもつまらないので、ラミーの青カートリッジがなくなったら本体と同じ緑インクにしようと思い、先日緑のカートリッジを探して買ってきました。どんないろか楽しみです。 ちなみにラミーの青とパイロットの青ですが、パイロットの青のほうが明るく見えます。線の太さの違いかもしれません。
今気になっているのはプラチナのキュリダスです。またもや鉄ペンです。 パイロットもノック式の万年筆を出していますが、持った感じでキュリダスの方が太い気がしました。(万年筆好きの知り合いが2つとも持っていて持たせてもらいました) 手が大きいので少しでも太い方が書きやすいのです。
おじいちゃんと話をした事がない
私はおじいちゃんと話をした記憶がありません。(特別な家庭事情というわけではありません。)
祖父、即ち父の父に対する最初の記憶が葬儀なのです。もちろん祖父の葬儀です。父が祖父から見ると末子となるので、まあ当たり前と言えば当たり前です。
その日は知らない家に連れて行かれ、両親はあまり相手をしてくれず、わがままを言える雰囲気でもないので大人しくしていました。ずっと頭の中で幼稚園で覚えた歌を繰り返していました。
母は上に男1人、下に女2人の長女だったので、外祖父、即ち母の父に会ったことはあります。しかし、外祖父は脳出血の後遺症で言葉がうまく喋る事ができなくなっていました。母や伯父や叔母たちは外祖父がなにを喋っているのか聞き取る事ができたようですが、私は最後までなにを言っているのか聞き取る事ができませんでした。
母の実家に行くと外祖父はいるのですが、会話は成立しないので、挨拶しかせず、どちらかというと逃げ回っていたかもしれません。(お年玉はしっかりもらっていました。)
おじいちゃんがどんなものか、わからないまま老年期を迎えることになります。おじいちゃんとしてどう振る舞えば良いのかわからずにいます。出たとこ勝負となります。